大判例

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東京高等裁判所 昭和62年(う)188号 判決

国籍

韓国

住居

東京都港区麻布永坂町一番地五四

麻布永坂ハウス七〇一

無職(もと会社役員)

小沢大助こと

周文三

一九四六年七月二五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六一年一二月二五日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官杉原弘泰出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人神宮壽雄、同小林茂実連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官杉原弘泰名義の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、原判決の量刑は懲役刑につき刑の執行を猶予しなかった点で重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、本件は、被告人が、自己の所得税を免れようと企て、自己が経営する株式会社大宝物産(現在後記株式会社不動産ローンセンターに吸収合併、以下大宝物産という。)及び株式会社レインボー(現商号株式会社不動産ローンセンター、以下、レインボーという。)に架空の田村順一名義で金銭を貸し付け、その利息収入を除外する方法により所得を秘匿したうえ、昭和五六年ないし昭和五八年分の所得につき、虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、合計四億五〇〇〇万円余の所得税をほ脱したという事案であって、ほ脱額が巨額でほ脱率も通算で九三パーセントに及んでいる。また、被告人には、1昭和五二年一月、出資の受入れ、預り金及び金利等の取締等に関する法律違反罪(高金利貸付)で罰金一〇万円に、2昭和五五年七月、同罪(同)で懲役八月、執行猶予二年に処せられた等の処罰歴があり、本件の一部は右執行猶予期間中の犯行であること、被告人は、昭和五五年に行なわれた渋谷税務署の大宝物産に対する税務調査において、田村順一名義の借入金の性格等が問題になった際、右田村順一が被告人自身であることを秘匿し、昭和五七年に行なわれた同税務署のレインボーに対する税務調査においても、右の事実を秘匿し脱税を継続してきたことを考え合わせると、被告人の刑責は相当重大である。所論は、本件脱税額が巨額になったのは、昭和五五年に行なわれた渋谷税務署の税務調査において前記田村順一名義の借入金が問題となった際、同税務署の強力な指導により大宝物産及びレインボーが元本に組入れていた右借入金利息を全額現実に支払うことを誓約しこれを実行したためであり、同税務署の調査に問題があったためであることを被告人に有利な情状として考慮すべきであると主張する。しかし、従前右借入金利息が元本に組み入れられ現実に支払われていなかったとしても、被告人の所得を構成していたことには変りがなく、その借入金利息が現実に支払われるようになったため脱税額が巨額となったわけではないから、所論のいうところは被告人に有利な情状とはいえない。

そうすると、被告人が、本件脱税分について修正申告のうえ、本税、附帯税及び地方税を完納したこと、被告人が反省の態度を示し贖罪のため各方面に多額の寄附をしていること、被告人はいわゆる小沢グループに属する各会社の実質上の統轄者で多数の従業員を抱えていることなど被告人のために酌むべき諸事情を十分に考慮しても、被告人に対し懲役刑の執行を猶予すべきものとは認められず、被告人を懲役一年六月及び罰金一億二〇〇〇万円に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 朝岡智幸 裁判官 小田健司)

○控訴趣意書

所得税法違反 小沢大助こと

周文三

右被告人に対する頭書被告事件につき、昭和六一年一二月二五日東京地方裁判所刑事第二五部が言い渡した判決に対し、弁護人から申し立てた控訴の理由は左記のとおりである。

昭和六二年三月一二日

主任弁護人弁護士 神宮壽雄

弁護人弁護士 小林茂実

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決は、公訴事実と同一の事実を認定して『一、被告人を懲役一年六月および罰金一億二〇〇〇万円に処する。二、右罰金を完納することができないときは、金三〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。』との判決を言い渡したが、原判決の右刑の量定は、著しく重きに失し、不当であり、到底破棄を免れないものと思料する。

原判決は『量刑の理由』において、被告人の懲役刑につき実刑に処した理由を判示しているが、その要点は、本件のほ脱税額が三年間で四億五一〇〇万円余で巨額であること、税ほ脱率は三年分通算で九三パーセントを超えていること、被告人の本件犯行の動機についてはとくに斟酌すべきであるとはいえないこと、本件犯行の手段・方法について、『被告人が、金融業界における特殊事情を巧みに利用し、事実を隠ぺいしたことによるものと評価しうるのであって、このような意味において犯情は悪質であるというべきである。』こと、被告人は前科四犯であり、判示第一の犯行は執行猶予中の犯行であることなどから、被告人の刑事責任は重いとし、被告人のため斟酌すべき事情を勘案すると主文程度の懲役刑(実刑)に処することはやむを得ないものと考えられるというものである。

しかし、右理由は不当であり到底納得し難いので以下その理由を明らかにする。

第一 ほ脱税額が巨額となったとする点につき考慮さるべき事情

ほ脱税額が三年間で四億五一〇〇万円余といえば巨額である。しかし、それには税務署の調査に問題があったというべきである。

すなわち、昭和五五年渋谷税務署の株式会社大宝物産(以下大宝物産という)に対する税務調査において、田村順一名義の借入金が問題となった際、同税務署からの強力な指導(証人明場四郎の第二回公判における証言)により、同会社及び株式会社レインボー(以下レインボーという)の両会社は田村順一名義の借入金の支払利息については、以降元本に組入れずに全額を支払うことを誓約した結果、被告人の受取利息収入が現実に増加していったものである。もしこのような指導がなされなければ、右調査前と同様田村順一名義の利息は元本に組入れられていき、元本こそ増加しても被告人は現実に利息を手にすることはなく、従って被告人の実質所得を形成することはなかったものと考えられ、そうであれば法人への課税上の問題とはなっても少くとも被告人が、査察調査を受けることはなかったと思料される。また、右調査において、それまでの貸付金利息の日歩四銭を越えていた利息分については、これも税務署の指導で法人が自己否認することとしたのであるから、例えば右の日歩四銭を日歩二銭とすることも可能であったわけであり、更にはもう一歩進んで、田村順一なる者が実在していないことが判明している以上金利総てについて法人に使途不明金として自己否認させるよう指導することも、また、その指導に従わなければ更正処分にすることも可能であった筈である。もしそうであれば法人への課税処分ですみ、被告人の所得税法違反事件に発展することはなかったし、発展したとしても本件よりはるかにほ脱税額が少なくなっていたと言える。

したがって、被告人の三年間のほ脱所得が六億円余りでほ脱税額が四億五一〇〇万円余りになったとはいえ、その発端は渋谷税務署の右のような指導という特異な事情があったものであること、また、右の事情からも明らかなとおり、被告人は裏資金で自己の資産を形成したり、遊興費等に充たるため本件を敢行したものではないから本件は利欲的な動機に出たものではない。ほ脱税額の多寡を問題とするとき右事情が考慮されて然るべきである。

第二 本件の手段・方法が悪質となる点について

被告人は、大宝物産及びレインボーにたいする貸付金につき田村順一名義を使用したものであが、田村順一が仮名であり、その住居とされている住居表示そのものが存在しておらず架空であること、会社の支払利息について田村なる者から領収証を徴していないこと、小沢グループ各社には借入先別ファイルがあるが、田村順一名義についてはそのようなファイルがないこと、他の借入先については最終返済期日及び担保の約定があり田村順一名義については多額の借入れであるにもかかわらず、これら約定が全くなされていないこと、多額の借入れ先であるのに会社で田村順一を接待した記録が存在しないこと(受取利得調査書、関係会社貸付先調査書参照)、会社の銀行提出用の借入金残高表には田村名義の借入が被告人自身からの借入であることを明らかにしていること、昭和五七年一〇月一二日のレインボーの増資に際し、被告人の増資払込金一億六〇〇万円が田村順一名義の借入金返済と資金的に連動していること、などの事実が存する。

このように被告人は、大宝物産とレインボーに対し田村順一名義で貸付をしていながら、真の貸主は被告人であって第三者ではないことの痕跡を多数残しているのであるから、この点を見ても田村順一名義を使用したことが、巧妙、悪質とは到底いえないものと思料する。

ところで原判決は、『金融業者の中には、第三者から資金を導入するため金主となる第三者を税務当局に秘匿する者もあり得ることから考えれば、田村順一が仮名でありその住居が架空であるからと言って、それが直ちに被告人に対する課税と結びつくわけではなく、・・・通常の税務調査では容易に真実を発見し得るとは限らないのである。』とし、『現に渋谷税務署による二度の法人税調査においても被告人の貸付金と断定するまでに至らなかったことは、被告人が金融業界における特殊事情を巧みに使用し、事実を隠ぺいしたことによるものと評価し得るのであって、このような意味において本件の犯情は悪質というべきである。』と判示する。

金融業者の中には、第三者から資金を導入するにあたり税務当局に金主を秘匿することもありうるかも知れないが、同様のことは他の業種においてもありうることであり、例えば自己の経営する会社の運転資金等として会社もしくは自己らの裏金を会社に導入する場合裏金であることを秘匿するため仮名を用いて貸付けることはありうることであって、右の点は金融業界固有の問題ではないと思われる。

したがって、金融業を営む被告人が自己の貸付であることを秘匿するため田村順一名義を使用して貸付をしたことが、なぜ金融業界における特殊事情を巧みに利用したとまで言い得るのかはなはだ疑問である。

また、原判決は渋谷税務署による二度の法人税調査において被告人の貸付金と断定するまでに至らなかったと強調する。

しかし、昭和五五年の税務調査は同年三月から六月ころまでの長期にわたり調査した上、大宝物産とレインボー連名による誓約書を提出させたのである。税務署では、調査の結果、田村順一が仮名であり、その住居とされている住居表示そのものが架空であることのほか、真の貸主は被告人自身であって第三者ではないことの前記痕跡のいくつかを知ったに違いない。そして、税務署は第三者からの借入れとすれば、余りにも長期にわたり元本に組入れるだけで現実の利息の支払もなく、元本の返済も全くなされないのは、余りにも不自然で、第三者は存在せず、田村順一は被告人本人と判断したと思われる。しかも誓約させた内容からすると田村順一名義の借入れは被告人本人からのものであるとの強い疑念を持ったからこそ指導できたものとしか考えられない(明場四郎の質問顛末書問一三乃至問二〇、同人の検察官調書第七項、同人の第二回公判における証言、被告人の昭和六一年八月四日付検察官調書第二項参照)。

すなわち、右のような強い疑念を持たなければ、田村順一名義の借入金利息につき市中金利より高い部分の日歩四銭分を自己否認させて法人に修正申告の上納税させることや、日歩四銭分について以降実際に利息を支払うことや、田村順一名義の借入金を新規発生させないことのほか、向こう六年を目途に田村順一名義の借入金を返済することなど、法人にとっても個人にとってもけ極めて利害の大きなことを内容とする誓約書を徴求することは出来なかったであろう。また、真実第三者が存在するのであれば、法人としてもその第三者のため、右のような内容の誓約書に安易に応ずることはできない筈である。

そして重要なことは、昭和五五年の税務調書の際の誓約書で『今後新たな指導によりこの方法が全面的に覆えされてもやむを得ない』ことを誓約させておきながら、その後の同五七年の同署のレインボーに対する税務調査においては、特段の指導はせず、単に『指摘された事項については、前回の誓約期限までに必ず返済する』ことを約すとともに『前回の誓約書に誓約した事項について実行できなかった場合、全面的に覆えされてもやむを得ない』ことを内容とする誓約書を提出させているのである。

このような経緯からすると、昭和五五年の税務署の調査により誓約書を提出したときから六年後までに田村順一名義の借入金を処理すればよいとの暗黙の了解が税務署と日との間に当時できていたものと受け取ることもできる。そしてこのことから被告人が今回の査察調査において当初否認した理由として誓約書の期限までに借入金を処理しようとしていたところ査察調査が入ったからであると言っていることも理解できる。

そして税務署としては前記のとおりもう一歩進んで、田村順一名義の貸付金利息を法人に全部自己否認させるか更正し、他方その後法人が田村順一名義で現実に支払った利息について被告人に修正申告するよう強力に指導すべきであったと思われる。しかるに、いずれの調査においても妥協的な処理をしたところに、被告人の本件犯行を助長させてしまった原因があるものと思料される。

しかも、本件査察調査の直前の昭和五九年一月から四月にかけてレインボーに関し、国税局調査部の調査を実施しているが、このとき田村順一名義の借入金については問題のあることを知っていた筈であるのに特段の指摘をしなかったのである。

渋谷税務署の二度にわたる法人税調査で、田村順一名義の貸付金につき被告人の貸付金と断定できなかったとしても、少なくともそれに近い強い疑念を持ったことは誓約書の内容から明らかであり、田村順一が被告人であることの前記痕跡の重要な部分を税務署が知っていたことも確かであると思料する。そしてだからこそ国税局調査部の調査後間もなく査察調査に入ることができたものと考えられる。

いずれにせよ、申告納税制度であり、被告人が調査で事実を述べなかったとして、本件は法人の田村順一名義の借入金が税務調査の段階で既に問題となって、しかも税務署の指導により現実に利息の支払がなされてきたところ査察調査に入ったという特異な事件であるだけに、税務署の二度にわたる法人税調査で田村順一名義の貸付金を被告人の貸付金と断定できなかったものとして、被告人の犯行の手段・方法が巧妙、悪質とみる原判決の判断は妥当でないと思われる。

むしろ、右経緯からして、本件は当初から税務当局が真実の貸主は被告人であることを知り、しかも被告人が被告人名義はもとより田村順一名義で受取利息を税務申告しないことをも知りながら、日歩四銭分を現実に支払わせて実質所得を形成させたのみならず、六年間との約束を反故にして本件査察調査に入ったものとも見うるのである。それ故、本件は税務調査にこそ問題があったのであり、この点量刑上充分配慮さるべきである。

第三 税ほ脱率が高いとする点について

原判決は、税ほ脱率が三年間で九三パーセントを越えていることを強調する。

しかし、小沢グループの昭和五六年から同五八年までの三年間の法人の申告所得は合計で約三五億円であるが(証人明場四郎の第二回公判の証言参照)、右の三年間小沢グループ各社の株主は実質上被告人一人であったのである。そこで実質上小沢グループの所得は小沢個人の所得とみうるのである。そして、実質的にみるため本件被告人の三年分の所得六億円と右小沢グループ全体の所得とを合計すると四一億円以上であり、これにより被告人の本件によるほ脱所得の割合を見ると約一四、六パーセントとなるのであって決してほ脱率として高率とはいえないのである。

所得税は累進税率が適用され、所得が高額になると法人税に比し税率が高く従って税率が高額になっていくが、もし本件で昭和五五年の税務調査において、田村順一名義の利息を実際に支払うとの指導がなされないまま推移していたとすれば、前記のとおり法人で支払利息の経費否認をすることにより法人税法上の問題として把えて処理される余地もあった事案である。

原判決が量刑の理由中で田村順一名義の貸付金の存在は両会社の利益圧縮の側面もなかったとはいえないとするのは、法人が利息を経費として計上してきたことを指しているものと思われる。

そうであれば、税務署の調査の結果にもとづく指導方法いかんによっては法人税法上の問題として処理することも充分可能であったのであり、現に昭和五五年の調査の際日歩四銭を越える利息分は法人に自己否認の上修正させて納税させ法人税の問題として処理させていることからも明らかである。

そこで、本件の右のような法人税、所得税の両側面であることを考慮すると税ほ脱率の高いことを強調して被告人の刑責を重くみるのは妥当ではないものと思料する。

第四 被告人の前科について

被告人は原判決指摘のとおり、前科を有するとはいえ、暴行罪により罰金刑に処せられた二件は、昭和四四年と、同四六年当時のもの、また、罰金に処せられた出資の受入れ、預かり金等の取締等に関する法律違反の件は同五〇年当時のものでいずれも一〇年以上前の犯行であること、執行猶予となった同法違反の事件は昭和五二年当時の犯行で、その内容を見ると被告人に同情の余地のあるものであること、原判決判示第一の犯行は右猶予期間中の犯行であるとはいえ、本件とは罪質を異にするものであること、執行猶予期間を終了して四年以上を経過していることなどから、これら前科が被告人の本件犯行の責任の程度を大きく左右するものではないと思料する。

第五 その他考慮さるべき情状

1 まず原判決も指摘するとおり、被告人は本件につき昭和五九年九月、東京国税局の査察調査を受け、当初田村順一名義の貸付金につき自己の貸付金ではない旨否認したものの、その後これを自己のものと認め、以降、検察官の捜査及び本件公判においても一貫して犯行を認めて改悛しているのである。

これは被告人が本件を反省し、二度とこのようなことを繰り返さないとの強い自覚のもとに自発的に認めたものであるから、最早再犯のおそれはないものと確信する。

2 次の右の具体的現れとして、国税局の調査結果にもとづき告発対象の本件三年分はもとより、告発対象とならなかった昭和五五年分及び同五九年分についても修正申告の上すみやかに本税、附帯税及び地方税を完納したのである。こうして被告人が完納した国税地方税の合計額は起訴対象の三年分で七億二〇七六万円であり、右三年分のほ脱所得の合計額六億九九四万円余りの一一八パーセントとなっており、課税上の制裁も含め、国家課税権の侵害による被害は回復しているのである。

3 また被告人は、いわゆる小沢グループ各社の統括者として本件の深い反省から企業の社会的責任を自覚し各方面にわたり改善措置を講じている。

すなわち、まず小沢グループの中心的会社である株式会社不動産ローンセンター(旧レインボー)の株主として、東京相互銀行、同銀行系の東総開発株式会社、大同生命、中央信託銀行等大手会社に資本参加してもらうほか、従業員持株会を発足させる(控訴審で立証予定)などして企業の社会性を備える一方、東京相互銀行から右不動産ローンセンターの代表取締役として荻窪開南を、また株式会社東京住宅ローン(旧大宝物産)の取締役として松原東一を、同監査役として今関由男を迎えるなど外部から監査のできる有為な人材を役員及び重要ポストに受け入れていること、それにより小沢グループのみならず同グループに一三〇億もの巨額を融資している東京相互銀行にしてみてもグループ全体について監督・監視機能が強く働くようになってきているのである。

このようにして小沢グループに属する各社の経営は、代表者を中心とした取締役の合議制に移行しており、従前の被告人によるワンマン経営は大巾に改善されている。

また、経理面では被告人が金銭の出し入れに直接タッチするようなことは一切しておらず、東京相互銀行ほか二社に対し、東京住宅ローン等小沢グループ三社への常任監査役等の派遣を要請し、実現したこと、検査部も充実させていること及び、小沢グループではグループ傘下の結合決算を実施して、これにつき監査法人の監査も自発的に受けており、経理面における改善と内外からの監査システムを充実させていることなどから最早再犯のおそれは全くないものと思料する。

4 また、被告人は本件の責任を痛感し、高校の同総会をはじめ日本赤十字社、東京都福祉協議会、東京善意銀行等へしょく罪のため寄付をしている。

5 被告人の経営手腕は高く評価されており、東京相互銀行はじめ金融機関等からの信用も厚い。このことは特に東京相互銀行から小沢グループに一三〇億円もの巨額の融資をうけているばかりでなく、グループの借入総額は約四五社から四〇〇億円にも達していることを見ても明らかである。

6 他方、被告人は小沢グループ各社の従業員からも慕われており、約二〇〇名の従業員をかかえた小沢グループにとって統括者として欠くべからざる存在である。

7 また、家庭にあっては子供に恵まれなかったことから小沢加奈子(一九八六年二月二六日生)を養子として迎えて入籍し、妻とともに円満な家庭を築いている。

以上のような状況下にあり、社会的にも極めて有為な人材を本件の責任が重いからと言って実刑に処し、刑務所に送らなければならないとすれば多大な疑問をもたざるを得ない。

前記のとおり、小沢グループでは本件を契機に、他から役員を迎えるなどして改善してきたが、同グループの実質的経営者が、被告人であることに間違いない。会社をこれまで発展させてきたのは被告人個人の力量によるところ大である。数か月か半年程度であれば、被告人が同グループの経営から離れても、同グループを維持できるかも知れないが、それ以上被告人が経営から離れた場合、社外から来てくれた役員や従業員が同グループから離れるなどして、同グループの倒産という事態も予想されないわけではない。もしそうなれば債権者や従業員等に多大な迷惑をかけるばかりでなく社会的問題にもなりかねないのである。

ところで、わが国の所得税法は諸外国に比し税率が極めて高いことは公知の事実であり、最近アメリカでも所得税法を改正して税率を二段階としてしかも低率にした。わが国でも所得税法を改正して低税率にする方向にある。他方税率があまり高いと脱税者が増加する上その一部の者しか補足できない傾向にあるといわれており、わが国もその例外ではないし、また、税率が極めて高い場合、一部の者を厳罰に処することによる百戒の効果は薄いとも言われている。

また、被告人より多額の脱税事件で執行猶予になっている事件も見られるようである。

以上の諸事情を考慮するとき、被告人を実刑に処した原判決の量刑は著しく重きに失し不当であるから、原判決を破棄の上、被告人の懲役刑につき執行猶予の判決を求めるため本件控訴に及んだ次第である。

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